2023年9月にLYCORISがリリースした百合ビジュアルノベル『嘘から始まる恋の夏』。
夏の横浜を舞台に女子高生の自立と恋愛を描いた本作は、ビジュアルやシナリオ、ボイスなど細部に至るまで完成度の高い作品だった。
本記事では、LYCORISでシナリオを担当するAkeo氏、キャラクターデザインを担当する塩こうじ氏にインタビューを実施。本作についてさまざまな視点で語って頂いた。
なお、このインタビューは、本作をまだプレイしていない方向けの【ネタバレなし】版、プレイ済みの方向けにさらに深いお話しを伺った【ネタバレあり】版で構成する。
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僕たちはもうゲームを作れないんじゃないかと焦りを感じていました
――『嘘から始まる恋の夏』はブランド名を変更してから初の新作となりました。企画立ち上げまでの流れを教えてください。
Akeo:あいうえおカンパニー(編注:LYCORISの旧名)時代の2018年に『FATAL TWELVE』を出して、2019年にPS4版が出ました。2021年に出したSwitch版はLYCORISとして出しました。その間に新しい企画は出ていたんですが、なかなか決まりませんでした。
2021年ぐらいにですかね、僕たちはもうゲームを作れないんじゃないかと焦りを感じていました。3年間音沙汰がないと「なかった人」になってしまうんじゃないかっていう。それで、まずは短いものから作ってみようということで、塩こうじさんと一緒に企画を作って1~2時間でまとまるストーリーを作ってみようと。それが『嘘から始まる恋の夏』の前身になるような企画でした。
そのうちに企画がどんどんふくらんでいって、背景CGを制作して頂いている千住工房さんと何か一緒につくろうという話になり、企画をお見せしました。そこでこの企画おもしろそうですねと言って頂いて。それからは定期的に話し合いながら、ほぼ全面的にリニューアルしつつ、今の形に近づきました。本格的に動き出したのは2021年の末ぐらいですね。
――塩こうじさんは3年間、LYCORISとしての空白の期間はどうされていましたか?
塩こうじ:企画の壁打ちをしたり、個人の活動をしたり、ママになったり。Twitter(現・X)を動かして絵の練習をしたり、百合の絵を描いたりしてました。
――焦りはなかったんですね。
塩こうじ:焦ってはいたんですけど、焦りすぎたところで上手くはいかないので、やることやりながらみたいな。横に慌てている人がいると私の分まで慌ててくださいみたいな感じになるので……。
――(笑)。おふたりでやっている良い効果みたいなものを感じます。
Akeo:1人が焦っていたら、もう1人が落ち着くみたいなところがあって、分担できるところもあったりするので、2人やっていることにすごく意味があるのかなって感じますね。
ーー企画の立ち上げもおふたりで?
Akeo:そうですね。うちはキャラクターデザイン先行でやっていたりもするので、こういうキャラクターが描きたいとか好きっていうのを聞いて、絵を見せてもらって、じゃあこういう話をつけてみようみたいな。企画は本当に2人で立ち上げているって感覚です。
塩こうじ:設定とかコンセプトを見せてもらって、じゃあこういうキャラクターがいいんじゃないって返して、キャラ付けしてもらったら、顔はこっちのほうがいいかもって変えたり。ラリーをしながら作っていけるのが楽しいですね。
すごく希望が持てました。むしろこれからだなと
ーー過去作でも女の子同士の関係を描いていましたが、ミステリーやサスペンスという別の軸もあったと思います。『嘘から始まる恋の夏』でシンプルな青春ものをやろうと思い立ったのには理由があるんでしょうか?
Akeo:『嘘から始まる恋の夏』の前身となる企画は百合サスペンスでした。包丁とか出てくる感じのストーリーを想定していたんですけど、塩こうじさんから、この作品で描きたいことにサスペンス要素っているのかな?って問題提起があって。それで作品を突き詰めていったら、むしろ不要だねって結論が見えてきて、もう一度練り直してみようって話をしたり。こういうときの塩こうじさんは容赦ないですからね(笑)。
塩こうじ:現実世界をベースにした高校生のお話がやりたいなって。私は『ゆるゆり』とか『大室家』とか『やがて君になる』が好きで、学生ものをちゃんとやりたいって思いがあって。Akeoさんの提案を受けて、このテーマだとサスペンスは違うな、私はこっち系やりたいんだよねみたいな。
ーー塩こうじさんの好みが反映しているんですね。
塩こうじ:テーマとかプロットはAkeoさんを信用してガッツリお願いしているんですけど、ジャンルとかお話の明るさとかは私のほうでこれがやりたいってお願いしてます。
Akeo:もうおっしゃる通りでございますっていう感じで進めてます(笑)。それは冗談にしても、塩こうじさんの絵柄を最大限活かしていくには青春に全振りしたほうがいいなって考えました。この作品ならサスペンス要素がなくてもおもしろいよって言ってもらえて、安心感もあったかなって思いますね。
ーー2022年に実施したクラウドファンディングでは、目標金額を大きく超えて280%を達成しました。そのときの印象はいかがでしたか?
Akeo:百合ゲームって正直、市場としてはまだまだ大きくはなくて、ビジュアルノベルは衰退しているって言われがちなジャンルですよね。自分はそのどちらも好きですが、言葉を選ばずに言うとその2つが組み合わさったものって、コケそうだなって感じる方もいるんじゃないかって思ってました。それが真逆の結果になって、すごく希望が持てました。むしろこれからだなと。
塩こうじ:百合ってなると現在有名なメーカーさん以外は厳しいのかな?と思ってました。ですが、クラウドファンディングをやってみて、百合ゲーム自体を熱い気持ちで推している方が多くて驚きました。熱量のある方の琴線にちょっとでもふれることができたのかなと思えてうれしかったです。
全部プレイした後にもう1回『恋、降る』を聞いて、1話を見て、あー!ってなってほしい
ーークラウドファンディング実施と同時期にYouTubeで前日譚『恋、降る』が公開されました。反響はいかがでしたか?
Akeo:思ったよりも多くの反応を頂きました。やっぱりうれしかったですね。僕としては『恋、降る』だけで楽しんでもらえるようにと思って書いたので。新作を先にリリースするぐらいの気持ちでいました。
『恋、降る』を受け入れてもらったことで、『嘘から始まる恋の夏』もおもしろいって思ってもらえるぞっていう自信にもなりました。制作のなかで自分を助けてくれる作品にもなりましたね。
ーーボイスドラマとして最高の作品ですよね。
Akeo:出演してくださった声優さんのパワーが99.9%なんです。2人の演技が空気感・世界観を作ってくれました。
ーークリア後に聞くとたまらないですよね!
Akeo:『嘘から始まる恋の夏』のプロットを作った上で、逆算して『恋、降る』のシナリオを書いているので、そういうふうに思ってもらえるのはうれしいですね。
塩こうじ:全部プレイした後にもう1回『恋、降る』を聞いて、1話を見て、あー!ってなってほしいです。
Akeo:正直、賭けだったというか、ボイスドラマを1本分作るの自体が大変だったので。でも反響をもらえて、やっぱり作ってよかったなって思いましたね。
ーー『恋、降る』があったことで、ゲームをしない人にも届いた印象があります。
Akeo:『嘘から始まる恋の夏』から百合に入ってほしいし、ビジュアルノベルにも入ってもらいたいという強い思いがあります。その入口としてボイスドラマから入っても全然いい。キャラクターが好き、声優さんが好き、絵が好き、どれから入ってくださってもいいと思っています。ウェルカムです!